2024年03月27日

【広報特派員Aの地域施設紹介D】木曽川観光船

木曽川観光船に乗ってきました

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こんにちは!広報特派員Aです🙋
たまに公園を抜け出して周辺地域の魅力スポットをご紹介するおさんぽブログ、なんだかとってもお久しぶりになってしまいましたが、今回は第5回目をお届けします


今回は、愛西市観光協会が毎年運行している「木曽川観光船」に乗ってきました。
今年の運行開始2日目に乗船!船旅の思い出をみなさんにシェアします🙌
木曽川観光船についてはこちら

今回ご紹介するのはこちら
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雄大な木曽三川<木曽川・長良川・揖斐川>が最大の特徴であるこの地域ですが、現在の川の流れはもともとの流路とは異なります。
かつては三川が分流・合流を繰り返し、複雑に入り組んだ流れであったことから、洪水被害が頻繁に起きていました。
また、三本の川の水位が異なっていたため(低 揖斐川―長良川―木曽川 高)、大雨が降ると四刻八刻十二刻(しときはっときじゅうにとき:一刻=約2時間)の順で川が溢れる、という言い伝えもあったそうです。
このような背景を受け、明治政府によって三川分流工事が始まります。
独立した流れを作り出すことで、洪水被害減少を目指しました。
しかし、船運によって栄えてきたこの地域では、三川分流によって川が分断されると、一旦河口へまわってからとなりの川へ行くことになるため、船の利用に大きな影響が出てしまいます。木曽川と長良川が分流された際、この不便さを解決するため、水位の違う日本の川を行き来できるように建設されたのがこの「船頭平閘門」です。

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そもそも「閘門」とは、水位差のある二本の川を行き来するために水位を調節する水門のこと。
現在、長良川は河口堰があることである程度水位が一定に保たれていますが、木曽川は潮の満ち引きの影響を受けるため、時間帯によっては二本の川の高さは1mほどの差ができるそうです。
門を開け閉めして水位を調節することで、水位が異なる川を行き来できるようになりました。

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観光船は、船頭平公園の船着き場、長良川側から乗船。
まずは閘門を通って木曽川を目指します。

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閘門の前の鈴を鳴らすと、、
「船が来ました、長良川、長良川です。」アナウンスが入り、管理事務所の方が走ってきてくださいました。
バルブを開け、船がいる川の水位と閘門の中の水位を一定にします。高さが揃うと門が開き、閘門の中へ。

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今度は出ていきたい木曽川と閘門内の水位を合わせます。
木曽川の方が水位が低いため、閘門の中の水もどんどん減っていきます。
濡れていた部分から、どれほど水が減ったかがよくわかりますね!
水位が揃うと、ようやく川へ。
木曽川を上流に向かって進みました。

船からの景色はこんな感じ

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反対に、木曽川から長良川へ行くときは、閘門の中で水が増えるのを待ちます。
干潮の時ほど水位差が大きく、閘門の中で待つ時間も長くなるそうです。
船の上から重厚感ある門扉がゆっくりと開いていくのを見るのは、なかなかの迫力がありました、、!!!

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普段は車で通っている長良川大橋・立田大橋の下をくぐるという貴重な体験もできました✨
船旅は約1時間ほど。
まわりの景色を楽しんだり、ガイドさんの説明を聞いたりしているうちに、あっという間に過ぎた1時間でした。

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おとなりの船頭平公園では春のお花が咲き出していました
過去のブログで紹介したヨハネスデレーケの像や、木曽三川の歴史を学べる木曽川文庫もあります。

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木曽川観光船は11月10日までの期間、土・日・祝に運行します。
船の上ではボランティアガイドの方が川の歴史を解説してくださり、下船後には木曽三川の歴史を学べる木曽川文庫にも立ち寄ることができます。
皆さんも船に乗って木曽川と長良川の水位の違いを体感してみませんか😊
乗船した日は寒かったですが、これから暖かくなると川の上の風も心地よく感じられるようになりそうですね
春のお出かけに、ぜひ木曽三川公園にも遊びに来てください

最後まで読んでいただきありがとうございました。
以上、第5回目のおさんぽブログでした! 

posted by 木曽三川公園スタッフ at 11:22| 地域施設紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年03月31日

【広報特派員Aの地域施設紹介】愛西〜津島〜桑名


川の流れと発展の歴史を辿る


こんにちは!広報特派員Aです🙋
たまに公園を抜け出して周辺地域の魅力スポットをご紹介するおさんぽブログ、第4回目をお届けします

「国営木曽三川公園」とはその名の通り、木曽三川:木曽川・長良川・揖斐川ののびやかな景観を楽しめる国営公園で、木曽三川流域に13拠点が開園しています。以前のおさんぽブログでヨハネス・デレーケによる三川分流工事をご紹介いたしましたが、現在の川の流れはもともとの流路とは異なります。
今回は、かつての川の流れを辿りながら、織田家のルーツを中心に様々な歴史を辿ってきました。


今回ご紹介する場所はこちら

スタートの地は「勝幡(しょばた)駅」
今回は、この地域の歴史に詳しい、愛西市観光協会理事 若山聡氏に案内していただきました。
勝幡駅には、勝幡の地とゆかりのある人物として、織田信秀と土田御前に抱かれた幼少期の信長の銅像が設置されています。
戦国時代の英雄・織田信長は、近年の通説では勝幡城で生誕したと言われているそうで、信長の幼少期時代・吉法師の姿を見ることができます。

勝幡駅近くには、勝幡城址の石碑が設置されています。
信長の祖父・信定が築き、信長の父・信秀と信長親子生誕の地と言われる城です。
この勝幡城を起点に、当時伊勢湾に近かった木曽川河口に臨む港と津島牛頭天王社(現・津島神社)の門前町として繁栄していた津島を掌握し、織田家の勢力拡大が始まりました。

続いて向かったのは津島神社。
津島神社は津島牛頭天王社として西暦540年に鎮座し、疫病退散を祈る神社として現在まで「津島さん」「天王さん」と広く親しまれてきました。
織田家の家紋「織田木瓜紋」は津島神社の社紋と同じ「木瓜紋」(もっこうもん:キュウリの断面に似ていることから“きうりもん”とも)を使っているそうです。
疫病を追い払うことで有名な津島神社は、文化財としての貴重な価値もあります。
・本殿:国の重要文化財
 尾張(現在の清須)に拠点を置いていた織田信長が天下統一のために出ていき、尾張の統治は代わっていきます。関ケ原の戦いの後、徳川家康の4男・松平忠吉が統治しましたが、病気になってしまいます。この際、松平忠吉の妻が回復祈願で寄進したのが津島神社の本殿なのです。結局松平忠吉は亡くなってしまい、家康の9男・徳川義直が初代藩主として尾張を統治しました。
・楼門:国の重要文化財
    豊臣秀吉が寄進
・南門:愛知県の重要文化財
    秀吉が病気の時、回復を願い息子・豊臣秀頼が寄進

かつて津島神社は佐屋川と天王川に挟まれた向島に位置していましたが、津島市にあったかつての入江は、現在は天王川公園に残る池のみとなりました。津島神社のすぐ近くに天王川公園があります。
天王川は江戸時代までは津島の町の中央を流れていましたが、河川改修により入り江となり、やがて「丸池」となったのだそうです。

天王川公園は、四季折々の花が楽しめる散策のおすすめスポット🙌
この公園では、毎年7月に津島神社の祭礼・尾張津島天王祭の車楽舟(だんじりぶね)行事が行われます。
祭の時期になると堀に水が入り、船の上に山車(だし)が乗った車楽舟を見ることができます。
このお祭りを私も一度見てみたいです✨

毎年「藤まつり」が行われる藤棚の花は、まだまだこれからのようでした
(満開の写真は津島市ホームページから
https://www.city.tsushima.lg.jp/shokai/matsurikyoudo/fujimatsuri/fujimatsuri.html



佐屋川を下っていくと、「佐屋三里の渡し跡」があります。
第二回目のおさんぽブログでは東海道五十三次の熱田・宮宿から桑名宿を結ぶ海路「七里の渡し」(東海道制定1601年)をご紹介しましたが、今回は川の航路「三里の渡し」です。船酔いのため七里の渡しの海上路を嫌った徳川三代将軍・家光のために、熱田から陸路で佐屋へ、佐屋川・木曽川を渡り桑名へと続くルートができました。この時の佐屋宿から桑名宿までの水路の距離が三里(約12km)だったようです。
七里の渡しを使うよりもちょっと遠まわりですが、欠航や船酔いの心配が減ることが好まれたようです。

江戸時代にあったキコク(ミカン科の植物カラタチの別名)の生け垣は現在もなお残されています。すぐ向こうはかつて大河だったことになりますが、現在の街並みからは想像できないですね、、、


さらに南下すると、道の駅立田ふれあいの里のすぐ横に「古木江(こきえ)城」跡を見ることができます。この地域は信長の弟・信興(のぶおき)が統治していました。後に、この城は一向宗信徒に攻められて長島一向一揆の蜂起点ともなり、信興は自害に追い込まれました。
弟を打たれた信長の憎悪もあり、最後は大虐殺につながったとも言われているそうです。

長島一向一揆は歴史の授業でも必ず出てくる重要なテーマですよね。
余談ですが、学生時代、ちょうど日本史の勉強をしていた試験日前の帰り道、地元の商店街の布団屋さんの看板「布団“一式打ち直し”」が一瞬「一揆・打ち壊し」に見えたことがありました、、、試験の結果は覚えていませんが、その見間違いだけは今も鮮明に覚えています😅

本題に戻りまして、信長率いる武家勢力と対立していた一向宗徒は、長島一向一揆の際、桑名長島の願證寺に集まりました。
願證寺の跡地は明治時代の木曽三川分流工事で川底に沈んでしまったため、現在は見ることはできないものの、明治改修の歴史については解説看板が設置されています。
国営木曽三川公園の拠点のひとつである「カルチャービレッジ」そばの長良川堤防です。

最後に、国営木曽三川公園の一拠点、カルチャービレッジについてご紹介します。
芝生や大きな遊具で遊べる広々とした公園で、多目的運動場「輪中ドーム」で様々なスポーツを楽しむこともできます。
ケレップ広場では、オランダ式のケレップ水制(水制:水の作用から堤防を守るために流れを変えたり勢いを弱くしたりする工作物)の構造を見ることもできます。
遊びも学びも充実している施設です。1日のんびり過ごせる公園ですので、ぜひお立ち寄りください🙌

春は散策にピッタリの季節
歴史を辿ったり、花を巡ったりする中で、ぜひ木曽三川公園にも遊びに来てくださいね✨
最後まで読んでいただきありがとうございました。

以上、第4回目のおさんぽブログでした!
posted by 木曽三川公園スタッフ at 17:25| 地域施設紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月20日

【広報特派員Aの地域施設紹介】木漏れ日の下で歴史散策

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こんにちは!広報特派員Aです🙋
たまに公園を抜け出して周辺地域の魅力スポットをご紹介するおさんぽブログ、第三回目をお届けします。
海津市の南端に位置する木曽三川公園センターの前には、長良川と揖斐川をへだてる堤防が長く続いていて、多くの松が生い茂っています。
展望タワーから一望できるこの景色、見たことのある方も多いのではないでしょうか。
今回は、この千本松原(油島千本松締切堤)をご紹介します!

今回ご紹介する場所はこちら
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まずは、治水神社でお詣り。
木曽川・長良川・揖斐川の木曽三川が流れるこの地域は、三つの川が複雑に合流・分流を繰り返す地形であったことから大雨が降るとしばしば氾濫し、古くから水害に悩まされてきました。
江戸時代、徳川幕府が薩摩藩に命じたことで堤防工事が始まりましたが、工事の途中にも水害頻発、疫病蔓延など、なかなか難航したようです。多くの費用と犠牲者を出し、1年以上もの歳月をかけて工事は完了したと伝えられています。
この治水神社は、宝暦治水事業の功績を讃えて建立されました。御祭神である治水事業の責任者・平田靱負をはじめ、犠牲となった多くの人々を慰霊しています。

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境内には、薩摩義士の像や伊藤光好胸像も設置されています。
桜島の溶岩が土台の薩摩藩士像は、鹿児島ライオンズクラブ結成20周年を記念してつくらたそうです。
岐阜県と鹿児島県は姉妹県盟約を、さらに海津市と霧島市は友好提携を結んでいます。
宝暦治水を縁に姉妹都市となったようですね✨

伊藤光好氏は前海津町長として様々な事業に尽力され、宝暦治水の語り部としても広く知られている人物なのだそうです。
木曽三川公園にも深く関わりのある方で、輪中地帯独特の水郷景観を一望できる施設として、展望タワー建設に大変ご尽力いただきました。
ヘリコプターで千本松原上空を旋回し、眺望に程よい高さを調べた上で、65m(展望階56m)のタワーが建設されています。

展望タワーからの眺望は、計算があってこその絶景だったのです、、、!!
まだまだ知らないことばかりで、新しい学びがたくさん📝

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治水神社の先には、約1kmにわたって約1000本の日向松が植えられた千本松原(油島千本松締切堤)が広がっています。国の史跡にも指定されている、岐阜県の「千本松原県立自然公園」です。
これらの松は宝暦治水工事終了後、薩摩藩士たちによって植えられたのだそうです。
たくさんの松に囲まれて、木漏れ日の中をゆったり散歩することができます。
鳥たちのさえずりもにぎやか♪

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視界が開けると、揖斐川の流れや、その奥には養老山脈を望むこともできます。
この日は山の方に霧がかかっていましたが、そんな景色も幻想的。
そして、冬の渡り鳥・ヒドリガモの家族がみんなそろってお出かけのようでした

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まっすぐまっすぐ歩いていくと、15分ほどで最南端に到着。
ここでは宝暦治水之碑や近代治水百年記念碑を見ることができます。
記念碑には平田靱負とヨハネス・デレーケのレリーフがありました。
ヨハネス・デレーケ氏は、第一回目のおさんぽブログでも紹介した治水の恩人です。
近代土木技術を取り入れた工事により木曽三川を分流させました。
平田靱負は宝暦治水工事の際の責任者であり、莫大な借金など、藩への負担の責任をとって工事終了後自ら命を絶ったとされる薩摩藩士です。
現在の木曽三川の豊かな流れは、この二人の偉人なしには語れません。
偉人たちの指揮、当時の人々の命がけの努力のおかげで現在があるのですね✨

このように、油島千本松原は治水工事の歴史を学び、こめられた思いを偲ぶことができる場所です。
歴史に思いをはせながら、ぜひゆったりと散策してみてください。
今回ご紹介した千本松原は、木曽三川公園センターの展望タワーから一望できます。360度の眺望をお楽しみいただけますので、歴史散策の際はぜひ公園にもお立ち寄りください。
以上、第三回目のおさんぽブログでした🙌
posted by 木曽三川公園スタッフ at 13:37| 地域施設紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月25日

【木曽三川公園】広報特派員Aの地域施設紹介 行かないともったいない!桑名おすすめスポット

こんにちは!広報特派員Aです
たまに公園を抜け出して周辺地域の魅力スポットをご紹介するおさんぽブログ、第二回目をお届けします。

「歴史文化をめぐる桑名のまち」
木曽三川に面する桑名は古くから交通の要衝となっていて、江戸時代には宿場町として賑わっていました。今回ご紹介するのは、旧東海道の街並みや多くの史跡が残る歴史的なエリア、住吉地区です。
水辺と歴史を歩いて楽しむ、住吉地区の魅力をたっぷりお伝えします〜✋
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住吉地区には、国営木曽三川公園の拠点の一つ、「桑名七里の渡し公園」があります。
伊勢大橋のすぐ近く、桑名駅からは徒歩25分ほどの場所です。
川とまちが一体となった歴史公園で、日本庭園の景色を眺めながら、芝生の上や休憩所でのんびり過ごすことができます。
今日は、この拠点近くのスポットをまわっていきます💪

まず、駐車場のすぐ横に住吉神社があります。
桑名市観光サイト 住吉神社

桑名は木曽川、長良川、揖斐川の木曽三川が合流する地にあることから、水運業の拠点港として発展してきました。この神社は、航海の安全を祈って建立されたそうです。
なんとこの神社では、元旦に鳥居の真ん中から昇る初日の出を拝めるんだとか!
ご利益をもらっていい1年になること間違いなしですね✨
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そして、揖斐川の堤防沿いに歩いていくと、見えてくるのは「七里の渡跡」。
桑名市観光サイト 七里の渡跡

東海道五十三次の熱田・宮宿から桑名宿を結ぶ海路「七里の渡し」の船着き場があった場所です。東海道唯一の海上路で、2つの宿場町の間が七里(現在約28km)の距離であったことから、この名が付けられたようです。
十返舎一九の代表作『東海道中膝栗毛』の弥次さん・喜多さんはこの海上ルートを渡る道中でもハプニングを起こしたみたいですね😅
物語の舞台として見てみると、散策がもっと楽しくなる気がします。

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それにしても立派な鳥居と松の木ですよね✨
ここは伊勢の国の入口でもあり、「伊勢国一の鳥居」なんだそうです。
式年遷宮ごとに伊勢神宮から移して建て替えられているこの鳥居は、貫禄たっぷりで、こちらもご利益のありそうな佇まいでした。
晴れた日には、鳥居の間から遠く御嶽山を眺めることもできるんだそうです。
ここから旧東海道を散策してみるのも楽しそう♪
これからの時期はサイクリングもいいかもしれませんね☺


さらに歩いていくと、蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)、柿安コミュニティパーク、九華公園と続きます。今回のおさんぽブログでは紹介しきれませんが、要チェックな観光スポットです。
九華公園はかつて「海道の名城」と呼ばれた桑名城があった場所で、現在は季節ごとの花を楽しめる名所となっています🌸🌼
九華公園

近くには徳川四天王の一人、本多忠勝の銅像もあります!
本多 忠勝
生涯で57回もの戦に参加しながらも、傷ひとつ負わなかったとされる戦国武将です。
両脇から鹿の角が生えた兜をかぶり、肩には大きな数珠を提げ、どっしりと座っています。
ぜひ探してみてくださいね✌
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七里の渡し公園のすぐ隣も、諸戸氏庭園、六華苑など、国の名勝や重要文化財が並びます。
洋館・和館・庭園で構成される六華苑の洋館部分は、イギリス人建築家ジョサイア・コンドルが設計したもので、地方に唯一残る作品としても注目されています。
明治・大正期を代表する貴重な文化遺産です✨
この辺りはレンガ造りの遊歩道があったりと、施設だけでなく街並みからも趣を感じる素敵なスポットです👍


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そして、おさんぽの最後には桑名名物「アイス饅頭」🍦🍧
駐車場横の住吉浦休憩施設で購入することができます。
小豆とミルクの程よい甘さがとってもおいしいアイスキャンディで、ころんとしたフォルムも魅力的♡
天気のいい日に外で食べるアイスってなんでこんなにおいしいんでしょう☺

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第二回目は七里の渡し周辺・住吉地区についてご紹介しました。
木曽三川を軸に交流が生まれ、地域が繁栄していった歴史を感じることができるこのエリアは、桑名を知るには欠かせないスポットです。
地元の方の憩いの場であり、もちろん観光にもおすすめ✨
いい散歩コースになること間違いなし

それでは、第三回目をお楽しみに!
posted by 木曽三川公園スタッフ at 16:05| 地域施設紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月15日

【木曽三川公園】広報特派員Aの地域施設紹介

こんにちは!広報特派員Aです。
いつも木曽三川公園をご利用いただきありがとうございます。
たまに公園を抜け出して、おさんぽしながら周辺地域の素敵なスポットを紹介します。
公園から近いところばかりですので、ぜひ木曽三川公園と一緒にふらっと立ち寄ってみてくださいね。

「くらしを守る船頭平閘門と自然パワーチャージの公園」
第一回目は船頭平閘門について。
国営木曽三川公園の一拠点、船頭平河川公園のお隣にあります。

閘門は、水面の高さが違う二本の川の水位を調節する施設です。
船頭平閘門は、洪水対策として木曽川と長良川が分流された時、貨物や旅客輸送のための船が二つの川を行き来できるように造られました。
現在は観光船が運航しており、木曽川と長良川の水位の違いを体験することができます!
また、数少ない貴重な土木建築として重要文化財にも指定されています。
船頭平閘門については、木曽川下流河川事務所の公式サイト内で詳しく学ぶことができます。
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公園を少し歩いた後は、大きな木陰の下でひとやすみ。
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9月に入りましたが、まだまだ暑いですね。
帽子にアームカバーと、日焼け対策はばっちりです
真夏のような日差しでしたが、芝生の上ではアキアカネがたくさん飛んでいて、秋を感じるひと時でした。
そしてトンボたちが飛び回る先には・・・
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デレーケさんがいました!
オランダの土木技術師ヨハネス・デ・レーケ(Johannis de Rijke)は、木曽三川の治水に大きく貢献した人です。地元のみなさんは、きっと小学校で習いましたよね
初めてお会いした治水の恩人に、しっかりとご挨拶してきました。
デレーケさんの功績については、木曽川下流河川事務農林水産省の公式サイトで解説されています。

デレーケさんの後ろには、大きな大きなスダジイの木。
とっても立派な枝ぶりです。
船頭平をずっと見守ってきた巨木のパワーを、少し分けてもらいました
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レンガ造りの建物、木曽川文庫には、木曽三川の歴史を詳しく学べる資料がたくさん。
宝暦治水、輪中、明治改修などについての資料を保存展示している施設です。
洪水の多かった地域の人々の暮らしにも思いをはせることができます。
観覧無料の施設ですので、ぜひお立ち寄りください。
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そして、国営木曽三川公園のひとつである船頭平河川公園は、水生植物の公園です。
なんとここでは、水生植物がもつ浄化作用を利用し、長良川の水を公園に取り入れた後、植物たちがきれいにしてくれた水を再び川に戻すという取り組みを行っています。
夏には美しい花ハスが咲きます
鳥のさえずりを聞きながらのんびり散策するのにぴったりな公園です。
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第一回目のおさんぽブログ、いかがでしたでしょうか。
川の歴史を学びながら心地よい自然も楽しむことができる、とても素敵な公園です。
みなさんも是非おさんぽしてみてくださいね

それでは、第二回目をお楽しみに!
posted by 木曽三川公園スタッフ at 10:46| 地域施設紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする